解剖実習 |
医学生は専門の勉強として、最初に解剖学を学ぶ。講義と平行して解剖実習がある。解剖実習は 本人の意思で提供された死体(献体という)の解剖を約3ヶ月かかって行う。まだ、何もわからないとき 、整然と並んだ献体に圧倒され、これから医学を勉強するのだという実感をひしひしと感じたことを覚えている。 献体一体について4人が担当する。左右があるので、手、足は2人で行う。解剖実習は基本的には人体の表皮、 皮下組織、脂肪組織を取り除き、血管、神経、骨、筋肉、腱、内臓を残す 作業である。そうして血管、神経がどのような走行で筋肉や内臓を支配しているか、また、筋肉、腱は骨とどのように ついているかを明らかにしていくのである。ところが、献体はホルマリン固定され、生きた人体とは全く違う。 茶色の蝋人形のようであり、血色はない。「生(せい)」を感じさせるものは何もない。 始めは、どれが動脈で、どれが静脈で、どれが神経か、腱かもわからない。それでもしだいに慣れ、 作業も早くなってくる。 上肢の解剖が終わり、胸郭から肩を含め腕をはずす。人の体の一部として存在した上肢全体が体幹から 切り離されたとき、胸郭と、上肢はそれぞれ人体とは無関係な物体になったような気がして、 切ない気持ちになった。その後、 胸を開き、肺を取り出し、最後に心臓のをとりだした。ところが、私達の献体の心臓は固まった血の中に 埋もれ、その姿を見せない。担当の先生に聞くと 「心臓のまわりに血が噴出した心タンポナーデだよ。少しづつ血の塊を除いていくように。」と言う。 心筋梗塞などで、心臓の筋肉の壊死などが起こり、心臓の周囲に出血し、急死した方だったのでしょう。 医学に必要な解剖用語は膨大である。解剖実習をとおして そのほとんどの用語を覚えることになる。解剖実習なしでは不可能かもしれない。 献体してくださった人は、私達に医師として他の人を助けることを願って、決心してくれたはず。 いま、こうして医師としていられるのは、献体してくれた方はもちろん、 いろいろな方の助けのおかげと思う。その方達の尊い気持ちに少しでも応えなければならないと、 自分に言い聞かせている。 |