ブラック・ジャックとドクター・キリコ


 手塚治虫の人気漫画ブラック・ジャック。夢の手術で人を助ける天才外科医ブラック・ジャックの話であるが、 天才・手塚治虫は、なぜか、ブラック・ジャックに高額な手術代を請求するという非道徳性をもたせた。
 ブラック・ジャックを神としてではなく、人間の世界に戻したのか、それとも、医学には金がかかると考えたのか、 それとも、一人の力で救える病人は限りあり、高額な医療費を病人を選別する手段としたのか、 高度な技術にはそれ相当の対価を要求できると思っているのか、その真意はわからない。 ただ、世の中のうわさと異なり、実際はブラック・ジャックは金では動かず、人間愛で動いている。

   しかし、手塚治虫の天才たる所以(ゆえん)は昭和50年頃という早い時代にドクター・キリコを登場させたことだろう。 killという英語から類推できるようにキリコは安楽死を行う殺人医。
 二人の話は「ふたりの黒い医者」 (3巻9話)から始まる。話は家にトラックが飛び込んできて、脊椎損傷で寝たきりになった母。母は子供達にもう迷惑はかけられないと ドクター・キリコに安楽死を依頼する。子供達は母を治してもらおうと、ブラック・ジャックに手術を頼む。 かち合った二人。まず、ブラック・ジャックが手術することに合意。手術は成功する。しかし、間もなく交通事故で 母も子供も死んでしまう。という内容だ。
 せっかく助けた命を事故で殺してしまった手塚治虫。 人には命を助けられない無情さがあると言いたかったのだろうか。

 ブラック・ジャックとドクター・キリコの戦いはその後もつづく。互いに協力関係も築いていく。 結局、手塚治虫はドクター・キリコを殺人者としては描いていない。 人を「医学で助けること」と「安楽死させること」に共通するもの・・人の愛?・・があると考えているようである。 ドクター・キリコは病気の実の父に対しても、「オヤジを救う道はただひとつ。」「安楽死をさせてやることなんだ。」 といって、安楽死させる。

 平凡な私は、もちろんブラック・ジャックにもドクター・キリコにもなれない。ときには、ブラック・ジャックの 魔法の手が欲しくなる。ときには、ドクター・キリコの割り切った考えになれたらと思うこともある。 しかし・・・たとえ一部キリコの考えに共感したとしても、私はどうしてもキリコの考えにはなれない。



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