北海道の山の名前では川に由来
しているものが多い。アイヌ民族にとっては川も生き物である。川に由来する
山の名前をまとめてみようと思う。参考文献:知里真志保著「アイヌ語入門」
(北海道出版企画センター)、北海道新聞社編「北海道百名山」、山田秀三著
「北海道の地名」「アイヌ語地名を歩く」(北海道新聞社)、
更科源三著「アイヌ語地名解」(みやま書房)、
北海道環境生活部「アイヌ語地名リスト」(平成13年)他 |
アイヌ民族の自然観・・・川は女性 | ||
アイヌ語で、川の事は「ベツ」(「ペッ」Pet)、「ナイ」といい、 北海道の地名で「別」「内」がつくところが多く、道内のアイヌ語地名の4分の1にもなるという。 そこには川が流れている。例えば、江別(石狩川)、札内(札内川)など。明治20年頃、アイヌ語の 地名は難しいので、意訳して日本語地名を作った。「ベツ」、「ナイ」を「川」と訳したのである。 「旭川」「砂川」「深川」などがそうである。 川に対する古いアイヌの考え方は現代人とは著しく異なっている。川を人間同様の 生物と考えていた。基本的には女性であり、肉体をもち生殖行為を営み、子を産み、親子で、 山野を歩くとしている。海の河口「オ」は女性の陰部であり、二つの川の合流している点 は、「ウトマム・ペツ」(抱き合っている川)という。大小の川では大きいほうは 「ホロペツ」(親・川、本流)小さい方を「ポン・ペツ」 (子・川、支流)とみる。また、川は 海から陸へ上がって山の方へ行くものと考えていた。河口は出口でなく、入り口 なのである。さけやますを考えると、納得する。水源は「ペッ・キタイ」(川の頭) 曲がり角は「シットク」(ひじ)、幾重にも屈曲して 流れるところは「ヨシペ」(腸) という。 川に関係するアイヌ語地名は大変多く、その源として、山の名前にも数多く残されている。その場合、川の名前から 山の名前が出来ており、山の名前から川の名前が出来たものは皆無である。ただ、ベツはよく省略されているので、 補って解釈するべきものも多い。 | ||
山 名 | 由 来 | 備 考 |
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旭岳 | 旭岳を中心に、表大雪山系をアイヌは「ヌタプカウシュペ」
(川の湾曲部内の地・上に・いつもいる・もの)と呼んでいた。この山はアイヌの崇拝の対象となっていて、
「ヌタプカムイシリ」(川の湾曲部内の・神の・山)とも称される。「ヌタプ」(nutap)は
川がぐるっと回って、囲まれるようになった土地をいうが、ここでは湿原の意味で、「一段高くなった山の上に広い
湿原があって、さらにその上にそびえている山」というカンシヤトク翁の説明で考えられている。だが、この
地名は使われなかった。 旭岳の名は旭川からとられた。旭川は石狩川の支流、忠別川のアイヌ名の意訳としてつくられたものだ。「忠別」を 「チュプ・ペッ」(東・川)と考え、東から登る日(旭)を意味する(永田説)として 旭川とした。知里説では「忠別」は「チウ・ベツ」 (波たつ川)で旭川は誤訳とした。さらに、秋にサケが捕れる川の意味で 「チュク・ペッ」(秋・川)が由来の説もある。 |
石狩岳ートムラウシ山ー十勝連峰を境として西北側は石狩川水系、東南
側は十勝川水系の源流である。 石狩川は旭川で層雲峡、石狩岳へ行く本流と旭 岳、忠別岳へ行く忠別川とわかれる。 |
トムラウシ山 | 「トンラ・ウシ」「トンラ」(一種の水草?)・が生えている・もの(川)ということであるが、
「水垢・多い所」、「湯の花のある川」の説もある。
「ウシ」(us-i)(・・が多いところ)は地名によく用いられるが、 「トムラ」の発音自体がはっきりしない。 |
トムラウシ山のふもとは温泉が多い。 大島亮吉は「花、葉の群生するところ」の説明をうけたが 現在は、この意味は考えられていない。 |
ウペペサンケ山 | アイヌ語で「雪解け水が増して(ウペペ)、 流れ下る(サン・ケ)」の意味。 | 十勝川の支流、然別川の源流である。 |
斜里岳 | アイヌ語で「サル(シャル)・ウン・ペツ」 (葦原・にある・川)の斜里川の水源から名づけられた。別名で、 「オンネ・ヌプリ」(大・やま、年老いたる・山)。ともいわれる | この山は深く崇敬されたていたようだ。 |
羅臼岳 | アイヌ語で「ラ(ra)」には、「低いところ」 と「臓腑」の二つの意味がある。「臓腑」は鮭・鱒か、クマ、鹿のものか不明。 「ラ・ウシ(ra-ush-i)」(低い処・にある・もの(川))が もとの意味で、のちに「臓腑」で解されるようになったのではないか(山田説)。 更科説では「ラ・ウシ(ra-ush-i)」(葛・おおいところ)と考えている。 自生の葛(くず)があるという。 | もともと、山名として、アイヌの人は「チャチャ・ヌプリ」(親爺・山)と呼んだ。 |
芦別岳 | アイヌ語で「ハシュ・ペツ」、「アシ・ペツ」 (灌(カン)木の中を流れる川)の意味。 | 石狩川ー空知川の支流、芦別川の源である。夕張山地の最高峰(1726m)。 |
天塩岳 | アイヌ語で「テシ・オ・ベツ」、 (梁(ヤナ)・ある・川)の意味。「川の中の岩が梁(ヤナ)のように一条に並んでいるところがあった。」、とか 「梁を所々にかけていた。」などと説明される。 | 現在はその場所はないが、地形、古文書より、恩根内と美深の間に梁のような岩があったようだ。 |
戸蔦別岳(日高) | アイヌ語で「トッタ・ベツ」、 (箱・川)。 「トッタは箱。両岸岩石などに囲まれて、あたかも函の状態になったところがあったため。」(安田) トッタには「シナの木の皮や繊維で編んだ大かます」(萱野) の意味もある。 | V字渓谷の奥に位置するので、その名にふさわしい。 |
札内岳(日高) | アイヌ語で「サツ・ナイ」、 (乾いた川)を意味する。この川は夏痩せをするのである。 | 逆に瞬時の雨量で増水する危険な川でもある。「雪の遺書」に掲載したように 澤田パーティの遭難の悲しい出来事もあった川だ。 |
ニセコアンヌプリ | 「ニセイ・コ・アン・ヌプリ」 (絶壁・向かって・いる(カワ)・山) の意味で、「ニセイコアンベツ川」の上の山として名づけられたらしい。ベツ(カワ)はよく省略される。 | 北大雪・ニセイカウシュペ山の「ニセイ」と同じ。 |
*ハムちゃんの独り言*
北海道で、変な地名としてよく話の種になる「稚内」。 「何と読みますか?」「わっかラない。」「正解です。」「・・・?」。 この「内」(ナイ)も川の意味で、 もともとは、「ヤム・ワッカ・ナイ」(冷たい・水 の・川)という飲料水によい川があって、そのヤムが省略されて、「わっかない」 になったのです。「ワッカ」は知床カムイワッカの滝のワッカと同じだよ。 「なるほど! ところで、どうして稚がワッカなの?」「わっかない。(稚内)」 注:「稚」の音読みは「稚(チ)児」の「チ」、訓読みは「ワカ・い」「オサナ・い」 |