昔登った山の思い出

 昔登った山を振り返ると、まず、「あの時は彼がいた、 彼女がいた。」と一緒に登った仲間を思い出す。そしていろいろな出来事が目に浮かぶ。 苦労した山はとくになつかしい。そんな山行の中から、思い出を書いてみる。 


*長靴登山* 最初に登ったのは高校時代の クラス登山。空沼岳の予定が天候が悪く、手稲山に変更。付き添いの先生 は、二人。生徒は20名前後。運動靴でなく長靴で来るよう指示があり、 ゴム長で参加。当時の手稲山はスキー場もなく、一番下の国道からの登り であった。山頂の放送施設のための砂利道を、若かったから走るように 登った。登山靴の先生方の足取り(山登りのステップ)が実にオジンくさく 思えた。今の自分であるが・・・。

*大荷物* まだ経験も少ないのに大雪山縦走に 出発。キスリングの中は長い行程のため食料でいっぱい。30Kgほどの重さになってしまう。 立ち上がるのもやっと、山に登る前から少し歩くと、脂汗が出てくる。それでもなんとか 行けたのは若さゆえか。途中で一緒になった、本州のベテラン二人づれは小アタック ザックのみ。この荷物でよく頑張るねと笑われる。天人峡の下りは荷物も 軽くなり快適だった。これ以後は荷物にうるさくなった。
*ねずみ* この縦走、初日は暴風雨で姿見の池の 旭岳石室で一日停滞。夜、変な音で目を覚ます。なんと鼠の走り回る音だ。それも 一匹、二匹ではない。そこらじゅうで走り回っている。かじられたら 困るから、シュラフに頭までもぐって寝た。かじられずやれやれ!
*ガスが消え大展望* 翌日、ガスの中、旭岳に登る。 山頂は見通しなし。ところが、間宮岳に近づくころからどんどんガスが消えてくる。 そして、素晴らしい大展望が現れてくる。本当に感激した。

*温泉*   山と温泉はセットだ。懐かしい温泉は那須である。那須岳の黒磯側の北湯 に二度、峰の茶屋の裏側の三斗小屋温泉にも二度訪れている。三斗小屋には 大黒屋、と煙草屋の二軒の宿屋があったが、利用したのは煙草屋であったが、 古びた宿と温泉のムードは忘れられない。北湯の建物も江戸時代の旅籠風で 実にいい。魚沼駒ヶ岳に行ったとき入った、駒の湯の冷泉の冷たさはいまでも憶えている。 つめたーい!

*強風* 冬、朝日岳から三斗小屋温泉に下り 翌日の帰りに峰の茶屋で強風に吹かれた。立っていることはもちろん出来ず、必死にピッケル で体を確保し、頭を下げ、股の下から互いに合図をおくり、風の呼吸に合わせて、ピッケルを 銃剣のようにかまえて突撃し、ピッケルを雪に刺し確保、それをくりかえしながら登った。 峰の茶屋を下ったら、風がうそのようになくなっていた。どうなってるの?
 冬の宝剣岳でも強風と吹雪に苦しめられた。雪が多く腰までのラッセルでまず苦労、 途中で尾根でテントを張ったが、夜中、強風と吹雪にみまわれた。この天候の中、 テントを飛ばされたら遭難だ。皆、完全装備で支柱を押さえ、灯油用のラジウス をつけて暖をとった。すると、そのうちに火が消えてしまう。酸欠だ。あわてて、 こんどはテントのまわりの雪はねと、空気の入れ替え、朝まで眠れなっかた。 翌日は風もおさまり、稜線まで登ったが、雪の中、撤退した。まいった。まいった。

*満員電車*  8月1日、念願の槍穂へ出発。 当時は車は一般的でなく、新宿から中央線夜行に乗る。これが大変。 列車は登山客で超満員。足の踏み場もない。無理やり 通路にすわりじっとこらえる。すきをみていかにして横になるかが勝負。
*槍の行列* 松本からバス。やっと上高地。横尾を過ぎ、 槍沢の長い登り。睡眠不足にはすこしこたえる。それでも槍の穂先が見えて くると元気がでてくる。山荘で宿泊の申し込み後、槍へ向かう。 それが、長い行列で、梯子や、鎖でしばしば待たされる。やっと山頂。 感激よりも、やれやれといった感じ。そこでブロッケン現象を見る。小さめ ではあるが、円い虹の中に槍の穂先の自分の影。不思議な気分。
*穂高の勇姿* 翌日早朝、穂高に出発。ここからは 実に快適だった。槍をバックに穂高の岩峰へ向かう。この稜線からの穂高は実にいい。 大切戸(キレット)は鎖もついているが、それほど怖くはない。 北穂高の滝谷の絶壁もすごい。(この山行の写真は「山の写真」に掲載中)

*春山・初冬の山* ゴールデンウイークのアルプスには 穂高と白根三山に登った。冬山装備だが、やはり暖かく、雪はしまって歩きやすく快適だ。 一方、初冬の山、11月末の八ヶ岳と甲斐駒ヶ岳・仙丈岳は、 雪は少ないが、寒くて、地面は凍っており、 アイゼンもよく岩にひっかかる。春の方が楽だね。

*星が美しかったこと* 11月上旬、西沢渓谷から 甲武信岳に登ったとき、雪を踏みしめ、日が暮れてから甲武信小屋に着いた。 その時見上げた夜空の星の美しかったこと、いまでも忘れない。
*小屋の混雑* 翌日、甲武信小屋をあとに、 金峰山まで行き、そこで小屋に泊まったが、すごく混み合い寝れそう もない。どうなるのかと心配していたら、夜になったら小屋の主が大声をあげて、 全員を立たせ、ひとりづつ横向き、さらに、頭と足を交互にして詰めて寝かせて 行った。見事全員収まる。目の前に見知らぬ人の足、ひどいひどい。

*雪庇から落ちる* 6月の剣岳、まだ雪。剣沢は雪 とガスで小屋も見えず。無事剣山荘に着き、いよいよ尾根筋の登り、前剣あたりで 雪庇を踏み抜き、3m下にどすん。雪の上でケガも無く、やれやれ、あぶない!あぶない!

*最長の縦走* 雲の平の集中登山で、立山・室堂から 新穂高温泉までの縦走が最長である。 途中、水晶岳に寄り道し、山中4泊5日の旅。テントをもってよく頑張った。 自分を含めパーティ皆んなを誉めてあげたい。 黒部五郎岳のカールがよかったね。何と言っても天候が良かったので 完走出来た。運がよかった。神に感謝。

*ピッケルとアイゼン* 30年も前に使っていた ピッケルとアイゼンそしてラジウス(写真)。今は冬山に 登っていないので、何度も捨てようかと思ったが、どうしても捨てられず、まだ持っている。 お守りかなー?