深田久弥の日本百名山

山を登る多くの人にとって深田久弥の日本百名山はバイブルである。
それは、彼の選んだ百の山に多くの人が共感したからだ。
彼がどのような基準で選んだか本の中で記している。
有名な文章を復習してみよう。ついでに北海道の山についての弁解も・・・。



  日本百名山    深田久弥著    (新潮社)

    

                 後記


 選定についてまず私は三つの基準をおいた。

 その第一は山の品格である。誰が見ても立派な山だと感嘆する ものでなければならない。 高さでは合格しても、凡常な山は採らない。 厳しさか強さや美しさか、何か人を打ってくるもののない山は採らない。 人間にも人品の高下があるように、山にもそれがある。 人格ならぬ山格のある山でなければならない。

 第二に、私は山の歴史を尊重する。昔から人間と深いかかわりを持った山を 除外するわけにはいかない。人々が朝夕仰いで敬い、 その頂きに祠をまつるような山は、おのずから名山の資格を持っている。 山霊がこもっている。ただ近年の異常な観光業の発達は、 古い謂われのある名門の山を通俗化して、 もはや山霊も住み所がなくなっている。そういう山を選ぶわけにわいかない。

 第三は個性のある山である。個性の顕著なものが注目されるのは 芸術作品と同様である。その形体であれ、現象であれ、 乃至は伝統であれ、他に無く、その山だけが具えている独自のもの、 それを私は尊重する。どこにでもある平凡な山は採らない。 もちろんすべての山は一様でなく、それぞれの特徴は持っているが、 その中で強烈な個性が私を惹(ひ)くのである。

 附加的条件として、大よそ千五百米以上という線をひいた。 山高きをもって尊しとせずだが、ある程度の高さがなくては、 私の指す山のカテゴリーには入らない。

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 北海道では九座挙げたが、そのほかに、ウペペサンケ、ニペソツ、 石狩岳、ペテガリ、芦別岳、駒ヶ岳、樽前山などは有力な候補であった。 ただ私はそれらの山を眺めただけで、実際に登っていないという 不公平な理由で除外したことは、それらの山に対して甚だ申しわけない。

*ハムちゃんの独り言* ぼくは長い間、深田久弥の 「最大の失敗」は北海道でニペソツを選ばなかったことだと思っていた。 しかし、最近の百名山ブームを思うと「最大の功績」と考えを改めた。 いまでさえ人気が高く、自然が破壊されているとして、 今年からは山開きがとりやめになるほどだから。